私の世界観 ライフストーリー 17〜ダヴィンチ・デイ
↑5月に実家へ行った時に撮った、公園のきれいな花壇。花壇は障害を持った人たちが花のお手入れを担当しているもの。
子どもの頃からこの公園で遊んだ。大きくなってからは、犬の「もも散歩」でよく来てたな。
前回のライフストーリー 16はこちら「新聞奨学生」
今回、ライフストーリーを書き始めて、ホントにやってみないとわからないことが沢山だと実感した。。。
というよりは、実行しないとわからないことだけ。と言ってもいい。
なぜなら、今月は出島する予定はなかったけど、月末にお寺にお泊まりして修業の一環のお手伝いに行くことにしまして。
その決断は、誰も読んでいなくても気にせず、ライフストーリー を毎日書いた。だからこそ!の行動なのです。
今まで、子どもの時から学生時期まで参加したキャンプや、子どもキャンプのリーダーとか、いろいろ経験していたのですけど、ライフストーリー 書いていて気がついた。
今までのぜーんぶ!キリスト教系のものだった。
私個人はアメリカへの憧れが一切なく、木造の日本建築や寺院や仏像や日本画や線香の香りが好きなのですが。(あ、これも書いていてホント、日本に偏ってるなーといま、分かった。)
ああそれなのに、ココロ惹かれる日本の寺に、泊まったことすらない!!ことに気がついた。
ムー。これは参加したい。ということで、そのお寺のお手伝いは4年位前から知っていたのだけどとうとう参加する時が来た♪
以上、ここまではライフストーリー 書く行動による一つの変化のホーコクでありました。
さて今日は、ライフストーリー の中で、書こうと思っていたんだけど忘れたことがあったので、それを。(やっと本題ってコトです、長い)
専門学校の研修旅行でオレゴンに行く前、英語の勉強になるかと思って、好きだったビートルズの曲を英語の歌詞と対訳を一緒に見ながら、覚えるほどによく歌ってた。
で、アメリカに行ってみてから。。
専門学校の仲間では、自分のいる介護福祉科と共に秘書科の子たちも一緒に行っていた。
気づいたのだけど、向こうの人たちと積極的に気軽に自分からコミュニケーションをとっているのは、英語をよく勉強している秘書科の子たちより、英語が特に得意ではない福祉科の子たちの方だったように見えた。
認知症の人もそうだけど、人は非言語コミュニケーションで通じ合えるんだなーと深く感じた。言語だけが、通じる手段ではない。
ダヴィンチ・デイというお祭りがあって、ダヴィンチにまつわるデザインのTシャツが毎年販売されていた。でも私は、行ったその年のデザインより目を引くダヴィンチ・デイのTシャツを着ている人を見かけた。
「そのデザイン素敵だけど、どこで売ってるの?」
と聞いて
「これは去年のデザインだから、〇〇のセンターに売っているよ。」
と教えてもらい、去年のデザインTシャツを購入した。
こんな、ごくごく小さな経験も自信になったんだと思う。聞けばどうにかなるじゃん♪って。
「相手にこう伝えたい」という点が自分にあれば、英語をきちんと喋れなくても、相手に必要なことは通じてしまう。
このアメリカ行きは、私の楽観主義に拍車をかけたかも。
そう言えば当時の向こうの食事は、味が甘味と油分に二別されるだけという感じで。大学の寮の食事もなかなか食べられず、3キロ痩せて帰国したなー。
ポートランドでは、美容室へ行ってカットしてみたり。シャンプーの方法などホントーに雑で、笑ってしまう体験だった。
で、冒頭のビートルズの曲を聴きまくっていた件なんですけど。
なんの場面だか忘れたけれど、ビートルズの歌詞そのままの返答がぴったり合うシチュエーションがあって。歌詞そのままの英語が自分の口から間髪入れずにスラスラ飛び出て来た。
もう自分でもびっくり。あ〜英語をそのまま日本語の意味と一緒に覚えちゃうと、自動的にポンポン出てくるものなんだ〜〜!!って。
なので、聞くだけの英語教材とか出てるけど、一理あると思う。七田眞さんの著書にも、英語の本を丸々一冊暗記して英語が喋れるようになったとあったが、同じ原理かと思う。
ま、そうわかってても英語をきちんと?学んでないんですけどね♪
次のライフストーリー はこちら。