〜本来の自分に戻るヒントを御蔵島から〜

距離感

 
  2019/01/30
 
この記事を書いている人 - WRITER -
年寄りと会う、草刈りする、文章書くetc…好きなことだけする生活を実験中。 村のおもしろい師匠たちや厳しい自然から楽しく修行もしています。 積み重ねてきた、『大好きなアタマで考える理屈』はちょっとヨコに置いて。 人間の『感覚、感性、勘!』を一番大事にする、それを体感する為に村に来たんだな〜と感じる日々を過ごしてます。

距離感

御蔵島への交通手段

御蔵へ来る交通手段として、ヘリコプターが利用出来るようになり25年経ちました。

それまでの手段はもちろん船だけ。
昔より航行時間は短くなりましたが、現在でも約7.5時間かかります。

あとはヘリコプターと調布飛行場からのセスナ※を使えば、正味3時間ほどで東京に着きます。(※正確にいうと「セスナ機」ではないですが。)

ヘリコプターは、風には強いですが視界不良だと欠航します。これも、村に来てから知ったヘリの特性でした。

じぶん尺度の規模


内地に住む方から御蔵への行き方を聞かれ、たいへん興味深く感じていることがあります。

まず、来島手段にはヘリがあると話すと
「カッコいい!!」
と、たいがい言われます。

少なくない人の中で、ヘリコプターに乗る=カッコイイ。のようです。
不思議ですが、映画などの影響でしょうか。
飛行機を利用することは別に「カッコイイ」とはなりませんよね?というと普及率とか希少性も関係あるのか。。

あとは、
「船で7.5時間くらい掛かる」

と話すと

「えー!長いね!」「すごく遠いね!」

と言われるか、

「あ、それ位で行けるんだね。」「もっと掛かるのかと思ってた。」

と言われることです。

聞いてみると、どうやら7.5時間があまり長く感じない人はわりと外国に行っていて、距離の概念の規模が大きい傾向があるように思います。

感じ方は、自分が行動する範囲でも変化するものなのだなあと、村に来てからよくわかりました。


例えば、御蔵では人が住む里は一つ所に固まっています。端から端まで歩いても、平らなところは少ないので高低差はありますが、徒歩でも里の端から端まで歩いて20分くらいのもの。

それでも、里の端から端までだと、冗談も入っていると思いますが

「遠いなあ」

と言われたりします。

また他の例で挙げるなら、村での職場で模様替えをしロッカーの位置が変わった際。同僚が、
「タイムカードから遠くなったねえ」
と話したことがあったっけ。
(なるほど〜!!そう感じるのか〜!)とびっくり&しみじみ思ったこともあります。

たしかに今までと少し距離は離れましたが、例えば10階の建物で1階にロッカーがあり、タイムカードを押す事務所が3階にある職場などよりは、とても近いわけです。

本当に、人の感じ方はまったく違うのですよね。
その違いの差が、村にいるととてもよく見えてくるので興味は尽きないのでした。






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