〜本来の自分に戻るヒントを御蔵島から〜

 
  2019/01/30
 
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年寄りと会う、草刈りする、文章書くetc…好きなことだけする生活を実験中。 村のおもしろい師匠たちや厳しい自然から楽しく修行もしています。 積み重ねてきた、『大好きなアタマで考える理屈』はちょっとヨコに置いて。 人間の『感覚、感性、勘!』を一番大事にする、それを体感する為に村に来たんだな〜と感じる日々を過ごしてます。

写真がどうにもアップできず、今日は写真ナシ。
Macを修理したのが関係しているのか否か?不明です。

移住してからの、食。

目にしなければ欲しない?

村に来て思うのは、食材ってそんなに種類が多くなくても平気なんだなあ〜。ということです。あくまでも私個人の思うことですけれど。

東京に行って毎回、つくづく感じるのは「物」の多さです。
(こんなに沢山あって、無くならないのかなー?)
と、子どもの頃から思っていましたが。。

村に行ってからは特に、東京での食材の種類の多さを行くたび痛感します。

だからと言って、食材が多くないから(やだなー)と感じるのかと言えばそうでもない。
単に自分の目につかなければ、あまり(これが欲しい!)という欲が少なくなるのだと思います。


愛知の大学に行った時もそうだったのですが…まわりに広告宣伝がない・TV雑誌を見ない環境だと、物欲がなくなるという経験をしました。
明らかに、都内とは目にする情報の量が違いすぎるんですよね。

おそるべし!広告の効果。。

目にすることから消費が増えるという点で言うと、
東都生協という生協ではむかし、生協利用者(組合員)に配られる食品などのカタログ案内が二色刷りでした。

もう30年近く前の話ですが、東都生協でバイトをした時にそれを知り、実家で当時入っていた別の生協はオールカラー案内だったため理由を聞いたところ、当時は
「カラーにすると消費意欲が無駄に高まるので、そうではなくて、商品の内容自体を、しっかり考えて購入してもらうためにカラーにしていない。」
という主旨のことを説明されました。
(なるほどーそうだよなあ!!!)
と思ったものです。
と言っても、現在の東都生協はオールカラーのカタログなのですけれどね。


コンビニ無しの効果

よく、コンビニはあるのかと聞かれますが、村には当然?コンビニはありません。

こう書くとコンビニの方には失礼ですが、コンビニはなくっても、にんげん大丈夫。
無いことに慣れないうちは不便に感じるのかもしれませんが、食に関して言えば、むしろ無いほうが良いと感じます。

コンビニのおにぎりやソバなど、大変よく考えられていますが、私の友人もそうでしたが、家で作らないでOK=買って食べるいわゆる「中食」だけの生活を日本で加速させたのはコンビニかと思います。

実際に、自分の部屋の台所はほとんど使ったことがないという人の話を聞いたときは、本当に驚きました。
と同時に、私も営業をしていた時は(ご飯を作ってくれる人を雇いたい。。)と真剣に思った時がありましたので、中食を使う人の気持ちや様子は共感します。

ただ、それだけが長く続くと、魂が疲弊することは否めません。
(そもそもご飯を作る余裕のない働き方こそが問題ですが、今日はそこは触れず。)

コンビニ食が多い方、どうでしょうか。

でね、村だとそもそもコンビニもなく、東京で言うような中食が購入できるところはないのです。

よって、みんな色々と手作りします。
独身男性はそうでもないようですが妻君の方々は、パンはもちろんケーキなどお菓子類もそうですし、まめにされていると感じます。

無けりゃ、作れる。
割となんでも。


そのほうが、創造性も高まるし、自信にもなりますし。
まー何より楽しい♬


ちなみに、私が村で感動した手作り食べ物は、

「しめ鯖!」 
自分でサバを釣って、シメたもの。御蔵の鯖は脂が乗っていないので美味しくないよ。と言われましたが、さっぱりしていてむしろ好きな味でした。

「こんにゃく!!」
御蔵では昔からこんにゃく芋を作っていたそうで、こんにゃく作りは普通に行われていたとでした。ネットでみる作り方ではなく、御蔵のつくり方が美味しいと感じています。
ちなみに、この手作りこんにゃくで「こんにゃく湿布」をすると、もう劇的に身体の芯から温まります。身体ってこういう反応をするのかー!!と仰天した経験があります。
市販のものでもいいので、こんにゃく湿布はとにかくオススメです。

「アシタバの茎の天ぷら」
御蔵に来て最初に滞在させて頂いた、丁やさんという宿で食べたもの。
葉っぱじゃなくて、茎の部分が美味しくそしてきれいでした。

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