ガイコク
↑写真は、イオンの中に入っていたオーガニックマーケット。
数年前まで、オーガニックはイオンなどの大手(安め?のマーケット)ではこんなに売り場面積を占めていなかったので非常にびっくりです。
イトーヨーカドーも、エスカレーターの速さからして地域によって全く違うのね〜!曳舟で見た限り、ものすごくターゲットも研究されていた。
都内は至る所で、所得の有る若手と高齢者をターゲットにした売り場展開になっていて、世の中が2年前と全く変わっていると感じている。
この変化の大きさ。日本はどうなっちゃうんだろう。
持つものと持たざるもの、2極化するのかなあ。
何を持つかも大事になるな…。
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さてきょうの本題。
村では御蔵出身の方は、その多くが親戚関係となります。
これは御蔵に限ったことではなく、日本各地方でそうした地域はたくさんあります。(というか、ほとんどかも?)
日本は、当然国全体が島国だけれど、それぞれの地方はさらに独自に村社会を持っていて。
各地域が、独自の島国のようなものかもしれません。
話は御蔵の村に戻りますが、昔は内地から来た人を外人と呼んだこともあったとのこと。
たしかに…外からきたひとです。
ただ、内地から来た人にとっては、文化も違う土地でそう言われたらどう感じたかなぁと思います。
ただまた一方で、村の人からすると、どういう気持ちでそういう表現になったのかなぁ?とも、思いを馳せます。
以前、美しい仕事をする年寄り師匠と話していて、
「あんたら旅の人は…」
と言われ、
(そうかー!!!たしかに『旅の人』だわ…。)
と、その表現にとても深く感じ入ったことがありました。
年寄りになぜそういう表現なのかを聴いてみたところ、
「あんたは、ここに住もうとしてくれてるけれど、どうしたって、死ぬまではいられないだろー?
結局は出て行く人だから、旅の人っていうんだヨッ。」
(ニュアンス、伝わらないと思いますが年寄りと私の関係性で、ハッキリ言いつつ温かい感じの会話です。)
そう聞いた時は、
(いつか島を出ると思われているのかー。)と思い正直寂しく感じました。
でも、村に来ては出て行く人たちを、それはもうたくさん見送っている年寄りや村の人達からすると、本当に「旅の人」なんだよなぁ〜とも感じました。
どんなに仲良くなっても、結局は出て行くのだから、あまり深く付き合わない。
などとなってもおかしくはないのに、こと年寄りはそうした思いはなく、ガッツリ四つで、来てくれる感じがします。(あくまで私個人の感じ方。)
それにしても、それぞれの立場から観ると、まったく違って見えるものですね…。