〜本来の自分に戻るヒントを御蔵島から〜

望みはなんだ

 
  2019/01/24
 
この記事を書いている人 - WRITER -
年寄りと会う、草刈りする、文章書くetc…好きなことだけする生活を実験中。 村のおもしろい師匠たちや厳しい自然から楽しく修行もしています。 積み重ねてきた、『大好きなアタマで考える理屈』はちょっとヨコに置いて。 人間の『感覚、感性、勘!』を一番大事にする、それを体感する為に村に来たんだな〜と感じる日々を過ごしてます。

↑写真は久しぶりの表参道。Macの修理に来ました。

表参道界隈は昔から面白いモノがたくさん見られて大好きな場所でした。中学生の頃、青山に無印良品という変わった店が出来て行ったっけ…。

今は、昔ほど新しいものが無いように感じ、それほど好きでもない。歳をとったということか。

・・・・・・・・・・・・・・・

村に来て、すごくびっくりしたのが(ってコレばっかりですけど)、

望むことをはっきり言って良いんだ!という経験を重ねられたことがあります。

その最初の体験。

よくおぼえているのが、

村民が海辺のゴミ拾い後にイルカウォッチングに行ける企画があったときです。

私は企画をよく知らなかったのでイルカウォッチングに申し込みしていなかったのですが、(行けるなら行きたいなぁ〜)と思っていたところ、友人が担当の人に参加可能かを聞いてくれたのです。

私が

「もし、可能ならお願いしたいです。」

と言うと、

担当の人は、もんのすごく呆れたように

「行きたくないのっ!?行きたいのっ!?」

と、それはまあ〜グワッ!とした感じで言うので、あわてて

「行きたいですっ!」

と伝え、無事、イルカウォッチングに出かけることが出来たことがありました。

…そうか。

「こうしたい」って、はっきり望みを言っていーのか!

と、めちゃめちゃ、目からウロコの体験だったのです。

自分が育つ過程で、「こうしちゃダメ」とか望みを言ってはいけない、などということは、周囲から言われたことも全くないのに、

なぜか自分ひとりで、

「望みを言うのは申し訳ない」

「相手を配慮して、遠慮をした方がよい」

という思い込みがあったなぁ〜とわかりました。

村では、物事を率直に言われることも多いので、

自分が遠慮して望みを言わない方が、むしろ誤解が誤解を呼ぶような…。

望みを言うことは、自分を周囲に知ってもらうよい機会でもあるのだと、知りました。

それくらい、人の望みは全く天と地ほど、違うのです。

私が草刈りは楽しいからやりたい。というのは理解する人が少ないのですが。

それも言い続けていたら、やらせて頂きつつありまして。るんるんなのであります。

本当の望みはなんだ?

《待ち望んでいたことの一つ》

昔から、有ったらいいのに!と思っていたことの現実化。駅のホームに転落しないカベ。最初に見た時の感激は忘れない♫

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