〜本来の自分に戻るヒントを御蔵島から〜

住み続ける-その①

 
  2019/01/16
 
この記事を書いている人 - WRITER -
年寄りと会う、草刈りする、文章書くetc…好きなことだけする生活を実験中。 村のおもしろい師匠たちや厳しい自然から楽しく修行もしています。 積み重ねてきた、『大好きなアタマで考える理屈』はちょっとヨコに置いて。 人間の『感覚、感性、勘!』を一番大事にする、それを体感する為に村に来たんだな〜と感じる日々を過ごしてます。

御蔵へ越して、6年が過ぎました。
その間、村を出る方は、それはもう何人も。
村で定職に就いても、退職して村を出ていく方も少なくありません。
(わたしも退職してます。村には残っていますが。)

きょうは、私が村に住み続けることが出来た理由について書こうと思います。
ブログとは私見のカタマリですが、今シリーズ?は特に私見度高め!
あくまでわたし個人の意見です。ご承知おき下さいね。

では、はじまりはじまり〜♪

私はいつも「村」と言っていますが、多くの人からするとこの場所は「離島」と言う方が、しっくりくるのでしょうか。

以前、ライフストーリー の記事で書いたのですが、
私としては、御蔵に着いても(離島に来た〜!)という感覚や感慨はなく、ただ「一地方にやりたい仕事をしに来た♪」という感覚でした。

わたしは「いわゆる島生活」そういったものに関心がなく、
期待と予想したことは、正直言って、
人口が少ない→地域の人との関係性が深いかも?→年寄りと深く関われるかも
=自分のやりたい福祉援助ができるかも。
この勝手なもくろみだけしか、持ってなかったんです。


今思えば、その点くらいしか離島のイメージを持たなかったことも、定住が長続きするポイントだったかもしれないと思うのです。


わたしの内地の友人が別の島に数年間、期間限定の専門職で住んでいた頃、

「島の人ってフレンドリーで『おーう!釣れた魚持ってけ〜』とか言われるのかと思ったら、そうでもないんだな。」

と言っていたのですよね。

それを聞いた時、(なるほど。離島にはそういうイメージがあるのか…)と思いました。


「そりゃーそうだよー。
それなら自分は、島の人のフトコロに入ろうとしたの?」

その時、そう話しました。

なぜそう言ったかと言いますと。
島の人からすると、外から来た人とは、代わる代わる来ては出ていく人です。

島の規模にもよりますが、昔は村中で知らない人がいない時代があった島だったら、よく知らない内地から来た人へ島の人からコンタクトを取ってくれるというのは、実はすごいことだと私は思います。


ということで今回は、


「あんまり離島へのイメージ・先入観を持たないのも、ひとつですよー」

という、まー元も子もない、身も蓋もないコトを書き、
皆さんがっかりするようなポイントを挙げてしまいました!
でも、正直そう思うんですもん。
ちなみにこの点、20年以上村に住んでいる内地出身の人も言っていました。

とは言え、次回は、
「んなこと言っても、離島生活に夢持ってもいーじゃんね!」
とも思いますので、柔軟に、夢を持って来島する際の留意ポイントをあくまで、私個人の視点で書きたいと思います。








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