〜本来の自分に戻るヒントを御蔵島から〜

いろいろ不明

 
  2019/01/07
 
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年寄りと会う、草刈りする、文章書くetc…好きなことだけする生活を実験中。 村のおもしろい師匠たちや厳しい自然から楽しく修行もしています。 積み重ねてきた、『大好きなアタマで考える理屈』はちょっとヨコに置いて。 人間の『感覚、感性、勘!』を一番大事にする、それを体感する為に村に来たんだな〜と感じる日々を過ごしてます。

写真は、お正月に飾る千両を頂きに(採りに)、師匠と歩く山の道中です。御蔵に来て初めて、千両が「山に生えている様」を見たのでした。



ずーっとこのかた、千両とは花屋さんで売っているもの・栽培されているもの。だとばかり思っていましたが、当然ながら元々そうではないのですよね。

本来、自然の中にあるものを頂いて、正月の飾りとしていた日本の風習。日本は豊かだなあと思います。

ちなみに御蔵の正月は門松ではなく、ユズリハを飾ります。(年末年始、自分は村にいないので写真がなく残念。)





さて、移住する前に職場に聞いたことは、

  • 照明器具は持って行く必要がある?
  • ガス台はあるのか?無いのか?

私の場合はそれまで都内と愛知県に住んだ経験上、基本的に賃貸物件の照明器具とガス台は借り主が持ち込むものだと思っていたため聞いたのですが、どうにも「部屋の状況がわからない」とのこと。

よって、
照明器具 → もしなかった場合は、しばらく懐中電灯で代用。早く寝る。
ガ ス 台 → 村はプロパンガスであることを確認したので、もし使わない場合でも、以前使っていたプロパン仕様のガス台を送る。

ということにしました♪

それまでは引越しの際に、上記のようなことは事前情報としてあって当然のことと思っていたのですが、
(そっか、不動産屋さんが管理しているわけではないのだから、そうだよな〜。)と思いましたっけ。

結果、行ってみると照明器具もガス台も備え付けてあったのでした。
なーんだ。照明器具なかったら、強制終了で早寝ができたかも〜なんて思いました。



そうそう、あと一応書いておきますと、私、これら書いていることに対し、不満や不安などはありませんでした。
むしろおもしろがっていて。
特にどう感じたかを書いてない時は、ただそういうことだったのよね〜という意味でご理解ください。もし、不快に感じたとか感情があった時は、はっきり明文化します。あくまで、私の経験と私の解釈を書いています。

もっと言いますと、
今後、もしも私の文章を読んで、(なんて不親切なの)(ひどい)とか???
何か「ざわざわ」感じるのでしたらそれは、そう感じる方自身の中身が反応しているだけ。
村の状況や記事の中に出てくる人や状況の責任では、まったくありませんので、そこんとこよろしくです。



さて、話は戻りますが。

不便って、不幸なことでは決してなく。

むしろ、不便な方がよっぽどいいと、勝手に思っています。

これは都会に居て苦労を知らないからと言われるかもしれませんが、それでも、この物質的に飽和状態の世界では、
もう、多少の不便がむしろ必要じゃないか?と思うのです。

お互いの不便さ不自由さを補完する人間関係が希薄になる→年取ってからみんな寂しくなって死んでいく。という循環になりやすい。というのが、高齢者を見てきた私の持論です。
ま、不便がイイとか言うと村の年寄りには怒られそうですが。



で、ちなみに、「カーテン」も、特に一人暮らしでは防犯上、内地では重要!必須!でしたので、せめて窓の枚数を聞きたかったのですが。(そうすると幅だけでも大体わかるので)
間取りすら不明だったので、とりあえず一人暮らしの時に使っていたカーテンを送りました。

結果、幅も高さも、まったくの寸足らず〜♪
が。障子があったのでOK 。



そして何より!
わたしの防犯上の安心感を満たすもの、カーテンや鍵などより、よっぽど有効なものが、村にはあったのです!!!!

それは……



人の目ですっっ!



「昨日〇〇に居たな」とか言われるし、こんなに狭い地域※であっても「何しに行くんだ」と聞かれます。
ま、あいさつですね。

ほんとにみなさん、周囲をよく見てます。それはある種、プライバシーがないとも言えますが、
しかしこれがわたしには、たいへん安心材料になりました。
こんなに一人暮らしで安心できたことはありませんでした。これをわたしは、「人間セコム」と呼んでいます。



村では「見知らぬ人はほとんどいない」ので、空き巣もないですし。

そう、村に来た頃に職場で言われて、ものすごくびっくりしたのは、「村の人なのか、村に住んでいない人(観光客)なのかが、わかる」ということでした!
正直、それを聞いたときは、(こわー!)と言いました。
向こう(内地)に住んでいたら、その自治体に住んでいるか否かが全員判るなんて、監視カメラの顔認証で全てわかっちゃうとかいうレベルのことで。

でも住んでみると確かに、地域に出る仕事柄ということもありましたが、2年もすると(あれ?あの方はどなただろう〜)と自分も思うようになりました。あの時言われたことが、私自身こうも変化するのか…と思ったものです。


※「狭い地域」というのは、あくまでわたしの感覚。
島の中で人が住んでいる「里」は一ヶ所ですが、端から端まで歩いても20分くらいでしょうか。住んでいると、だんだん端まで行くのにも遠いなあ〜と感じてくるようです。人間の慣れですね。
人のいる所が一つだと、必然的に職住接近になりますし買い物などの用事でも、歩く距離は都内に比べて格段に減ります。なので、内地の人が村に来て一年目は割と太る人が多いようです。
わたしも一年目は5キロ太りました。


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