〜本来の自分に戻るヒントを御蔵島から〜

ライフストーリー 50「一生やってろ」

 
  2018/11/07
 
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年寄りと会う、草刈りする、文章書くetc…好きなことだけする生活を実験中。 村のおもしろい師匠たちや厳しい自然から楽しく修行もしています。 積み重ねてきた、『大好きなアタマで考える理屈』はちょっとヨコに置いて。 人間の『感覚、感性、勘!』を一番大事にする、それを体感する為に村に来たんだな〜と感じる日々を過ごしてます。

校庭に消防車がぽつん。村に唯一ある消防車。子どもたちが写生をするそうです。

 

前回のライフストーリー はこちら。

隣の市のデイサービスに就職、最初は一般のデイで50余名の年寄りを観ていたけど、2年目からは介護保険外デイサービスの担当になった。
介護保険外のサービスなので、認知症の方はほぼいない。常勤は私1人で、ベテラン非常勤さんたちと一緒に回していた。
皆さん元気な方々で、その地域が昭和40年代に大規模開発される前から、代々住んでいるような方達だった。

そこは今では想像もつかないような山の奥だったそうで、炭焼きなどもしていたが、開発後は大きなニュータウンとなり、マンションが立ち並んでいた。

昔からその地域に住む年寄りは、立派なマンション群を見ては、

「鳥の巣みたいだなあー。」

と、よく言っていたっけ。

 

非常勤さんたちは、長く勤めている方が多く、皆さん仕事が出来てパワフルだった。飾らなくて本当に楽しい人たち。
パウンドケーキが得意な方に作り方を教えてもらって、私も作るようになったり。
栗の茶巾を作って持って行ったら、美味しいからまた作ってくれと、栗をどっさり渡されたり。そんな人たちとの交流も面白かった。

年寄りは、なんでもできる人達で、裁縫や様々な細工物を一緒に作ったりした。
父の実家から藁を送ってもらい、しめ縄作りをしたことも思い出深い。これはみなさんの印象にも残っているようで、私が退職して御蔵にきてからも、利用者さんが、まだしめ縄作りをしている事を写真付きの年賀状で教えてくれたりした。
この方はここ数年年賀状が来なくなったので、もう亡くなったのだろうなあと思っている。

戦艦武蔵に乗っていた方や、シベリアに抑留されていた方、戦地の記憶が認知症になってからも残っていて
「敵が来るんですよ。」
と話す方もいたっけ。
認知症の方は「問題行動」と言われることも多々あったけど、それは結局、こちら側が認知症の人の世界に入れていないだけなので、
本当は問題ではない。
シベリア抑留された方は、よく杖を振り回した。本人にしてみたら、自分の意図をわかってくれない周りが全部敵に見えたことだろう。

 

「家に帰る!」

と言って、認知症の小柄な婆さんが、空を蹴るように軽やかに走って行き、追いかけたことがあった。
とても90過ぎの人の走りとは思えなかった。
認知症によって、リミッター(「これはムリ!」という意識)が外れたからではないかな?
…そう考えると、人間の持つ意識次第で、人はどんなことでも出来るのではないか。と思うようになった。

仕事も楽しくてやりがいがあり、人間関係も面白かったけど、
はしばしで、(そうやって、一生やってろよ。死ぬまでやってろよ。)と思うことがあった。

それは主に、

やりたい事があるけれど、法制上・施設としてはムリ、といったことに対してのスネみたいなものだった。

それは、そう思うと同時に、

(あ、これ、わたしが自分に言ってることだなあ。)

と、すごく感じていた。

 

とにかく、わたしには不満があった。
でも、それが何なのか?よくわからなかった。

 

でもでも、
(一生やってろよ。死ぬまでやってろよ。)

この言葉は自分が自分に言っていることだけはわかっていたけど、

どうしようもなかった。

 

ライフストーリー 51つづきはこちら。

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