〜本来の自分に戻るヒントを御蔵島から〜

わたしの世界観 ライフストーリー 10

 
  2018/10/25
 
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年寄りと会う、草刈りする、文章書くetc…好きなことだけする生活を実験中。 村のおもしろい師匠たちや厳しい自然から楽しく修行もしています。 積み重ねてきた、『大好きなアタマで考える理屈』はちょっとヨコに置いて。 人間の『感覚、感性、勘!』を一番大事にする、それを体感する為に村に来たんだな〜と感じる日々を過ごしてます。

前回のライフストーリー はこちら。

 

高校1年では陸上部に入り、いろいろな競技場へ行っていたなー。長距離走は苦じゃなかったので、それでなんとなく入ったんだと思う…。てきとーですねえ。その後2年生だったかな?、確かボランティア部に入ってた。市内の児童養護施設とか行ったんだったかなー?ほとんど覚えてない…。

ただ、当時の担任の先生と、パラリンピックが全く報道されないのはホントに変だよね〜という話をしたのを覚えてる。なので、ここ数年日本のテレビを見ないうちに、いつの間にかパラリンピックがマスコミで大々的に取り上げられるようになっていて、すごくびっくりした。

やっと報道されるようになって、良いことというか適正に戻ったというべきなんだけど。それにしてもパラリンピックは、どういう経緯でやっと取り上げられるようになったんですかね?選手の活動が広がったから?何か要因がある気がするんだけど。

 

そうこうしていたら、高校卒業後の進路を考える時期になる。入学時の「なにも苦労せずして入学してしまって良いものか?」という悩みはすっかり遠くへ行ってしまい、のんびり楽しい高校生活の次は、卒業後どうするか?ということ。私立の付属高校だったので、多くの友人が付属大学や他大学の受験や行きたい専門学校の受験をする方向だった。

わたし自身は、なぜ大学へ行くのかが、まったくわからなかった。例えば、実家の商いのバイトに来てくれていた優秀な川口くんは、いわゆる偏差値の大変高い大学を出ても、出身学部とは全く違うお仕事についていたのが、当時小学生の私にはナゾだった。川口くんに聞いてみても、結局大学の意味がわからないまま。そのまんまの感じで、大学へ行くイメージは全くなく、ただ福祉系の仕事をするんだろーなーというイメージだけがあった。

そんな私に、当時の担任から「キリスト教系のこういう学校がありますよ。」と教えてもらった。それが東京YWCA専門学校だった。介護福祉士の養成コースである社会福祉学科があった。当時、意識的に老人福祉へ興味があったわけでは、決してない。だけど、福祉の勉強が出来るここがいい。と思って受験した。

高校は、中学や小学校の時と同様に、淡々と卒業式を迎え、無事に卒業した。そして、専門学校へ行くこととなった。

YWCAは、神田の駿河台にあった。(というか今もある。)戦前からその地にあり、残念ながら私たちが入学する前に、歴史ある古い建物は取り壊され、他の会社のオフィスも入るビルになっていた。(と、先生が話してくれた。)介護福祉科と秘書科があり、それぞれ2年制だった。

YWCAの Yはyoung、Wは「women’s」、 Cはchristian、 Aはassociationなので、学校は女子だけ。山口県や栃木県や群馬県、いろいろな地域から来ている同級生たちと一緒だった。

二つのクラスがあり、当時は介護福祉士が資格制度として出来たばかりの時期だったらしく、学校としては介護福祉科の1期生だった。今思えば、YWCAという良心から来る?この学校で、本当に良かったと思っている。あ、高校ももちろん良い学校だったけど、仕事をして行く上で教育の質が、本当に良かったという意味で。

ということで御茶ノ水での学生生活はつづく。。

 

次のライフストーリー はこちら。

きょうは夕方に初泳ぎ。

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