〜本来の自分に戻るヒントを御蔵島から〜

私の世界観 ライフストーリー 4〜『一房の葡萄』三浦薫先生

 
  2018/10/24
 
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年寄りと会う、草刈りする、文章書くetc…好きなことだけする生活を実験中。 村のおもしろい師匠たちや厳しい自然から楽しく修行もしています。 積み重ねてきた、『大好きなアタマで考える理屈』はちょっとヨコに置いて。 人間の『感覚、感性、勘!』を一番大事にする、それを体感する為に村に来たんだな〜と感じる日々を過ごしてます。

前回のライフストーリー はコチラ

昨夜は、小田急線が、NHKBSプレミアム「鉄オタ選手権」という番組で放送されるのを知り、思わず見てしまった。ちょうどその前にも、TV番組アド街ック天国で、町田が放送されていたのだけどほとんど見ず。

で、「鉄オタ選手権」の方だけど、これがおもしろかった!!

日本のTVはあまり見ないけど、昨夜は出演者の小田急好き電車好きが溢れていたのと、馴染みのある風景を追体験?!そして意外な点を知れたことがよかったなあ。こういうのが、TVの醍醐味だったのかも…とすこしだけ思い出し思い直しマスた。

ちなみに意外な点というのは、小田急は安全確認のため、電車のドアが閉まってから発車するまでの時間が長めらしい。今まで発車が遅いと感じたことはなかったが、そうなのかー。これからホームドア設置などさらに安全を第一にして欲しいと思います。

 

さて、ライフストーリーのつづき。

小学校は、家から歩いて5分くらいの公立小学校へ入学。

保育園で一緒だったあーちゃんとクラスは違ったけど、新しい友達と楽しく遊んでた。勉強は、作文が大好きで国語が得意。作文は、最初に少しうーん…と考えてイメージを持ったら、あとは一気にダーっと書くという感じ。(友達から「なめはこういう風に書いてるよね」と言われて気づいた。)わたしの人生、受験とかいろいろ、国語力で乗り切ったと思っている。

小学校で印象に残っているのは、3年生のとき担任だった三浦先生。埼玉大を出た男性の、数学が専門?の先生だったらしく、夏休みの算数の宿題とか、割り算の授業とかも研究していた。わたしは三浦先生は好きだったけど、算数は残念ながら苦手意識があったなー。先生はめちゃめちゃ字がきれいで、当時は手書きの通信やらプリントだったけど、それがもう、驚くべき「手書き明朝体」?!っていう感じの字を書く人だった。

さいわい学校生活では、わたしは暴力を振るったり理不尽な指導をする教師にあたったことはないのだけど、小中の9年間で思い入れのある教員は他にいない。子ども心に三浦先生は、子ども自身を見ようとする姿勢が強かったのがわかる、というか一生懸命で楽しそうだったし、実際わたしも楽しかったので、印象深いのだと思う。

3年生の終わりだったかな?クラスで神奈川県にある大山へ登りに行きましょう。という企画を三浦先生が立ててくれ、参加した記憶がある。誰か親も付き添いで一緒に行ったのかな?今ではとても考えられないような…いい時代だったのかも。

そうそう、これもよく覚えているんだけど、わたし、図書室では特に戦争体験の本を探しては、むさぼり読んでいて。

当時は戦争を実際に体験した人が書いた本が、子ども向けにたくさんありました。ポプラ社の「先生のとっておきの話」シリーズは、特に素晴らしかった。自分でも、なぜこんなに戦争体験の本が読みたいのかわかりませんでしたが、やはりこういう風になったときはどうしたらいい?こういう風にならないようになるにはどうしたらいい?ということが、意識しないまでも自分の根底にはあって。突き動かされるように読んでいた。

そうした本ばかり読んでいたので、三浦先生が、

「たまにはこういうのも読んでみなさい。」

と言って渡してくれたのが、有島武郎の「一房の葡萄」。

とっても(うつくしい文章だなあ)とは思ったけど、当時はただそれだけ。先生は世界を広げようとしてくれてたんでしょうね。あの当時はわからなかったけど、のちのちまで記憶に残っているので、先生の意図は成功。広げて下さってありがとう。

 

小学校時代は、実家の商いが月曜休みだったため、月曜日は出掛けたりすることも多くそれが楽しみで、急いで学校から帰ってきていました。

1年生から3年生位までだったか、夏休みはあーちゃんのおばあちゃんが岩手県に住んでいたので、あーちゃんと二人でずっと過ごしていました。電車からエゾリスを見てびっくり、ボットン便所にスリッパを落としてしまったり。三陸海岸は海に入ると大きな海草が足に触ってこわかったり、潮のにおいが強かったり。うみねこパンというのがあって、食べてみると少し海草が入っていたり。庭にあった金魚草や山へ行ってセンブリを知ったのもこの時でした。

そういえば4年生くらいのクラスで、たしか女の子同士でいじめがあったと思うのですが、私は縁がなく、同じクラスの子が「わたしの嫌いなものは無視です」という作文を読み、その時、無視ってあるんだ、、と思ったものです。

いじめといえば、何年生の頃か忘れましたが、なぜか1人の女の子にいじめられ、困ってしまったことがあったなあ。何をされたのかすら覚えてなくて、たしかちょこっとした嫌がらせの類だったと思います。

それは、あーちゃんとわたしが仲良くしているのが羨ましかった、という原因だったらしく、のちに、その子に謝られて終わったのでした。なんで解決したのかすら覚えていないけど。

 

 

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今日のベランダからの夕やけ。

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