〜本来の自分に戻るヒントを御蔵島から〜

触れて触れられる効果、それは絶大。

 
  2018/04/16
 
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年寄りと会う、草刈りする、文章書くetc…好きなことだけする生活を実験中。 村のおもしろい師匠たちや厳しい自然から楽しく修行もしています。 積み重ねてきた、『大好きなアタマで考える理屈』はちょっとヨコに置いて。 人間の『感覚、感性、勘!』を一番大事にする、それを体感する為に村に来たんだな〜と感じる日々を過ごしてます。

今日は田中みっちさんという方のブログを読み、改めて膝を打ったので、そのことを♪

まずは、田中みっちさんのブログを読んで、心底そうだなあ!!!!!!と思ったフレーズ。

包丁が、人殺しの道具になり

そして、美しい料理を作る道具になるように

セク シュ アリ ティーのエネルギーも

同じく使いようなのだ^ ^

 

そうなんだよねー。

性エネルギーって本当に、「強い力」だし「素晴らしい力」だと、 “今は” 思います。

 

私自身は長年、女性であること=ヤなことされる。という「自分設定」を持っていたため、

性的接触はどんなに好きな人であっても、安心できるものではありませんでした。

長年、(しつこいけど、ホントにそうだったの。)好きということと、性的接触が結びついていませんでした。私にとって性的接触は、強制しかなかったので。

残念ながら日本でもそういう女性は多いですが。

そう、愛知で学生時代に好きな人と別れた時も、

(会えなくなるのは嫌だなあ。でも、これで触られなくて済むなっ!)

と正直なところ、ホッとしてました。

なんということでしょう。

 

ただ幸いなことにその頃は、自分に起きたことが、夢ではなかったと思い出した後でもあり、性虐待について学び始めていたため、(あれ?これって良くないことなのかもなー)と、気付きました。

でもその後は学問的に色々と学んでも、ずーっと、性的なことに対して嫌な感じは消せなかったんですけどね。

ここ数年、ヒーリングを学んだり受けたり、理屈以外の学びを得たり、性的なことは不快という点を、覆してくれる人と会ってからは、目からウロコと言うよりは、ビックリの連続をしながら、ここまで来ました。今はたいへん幸せです。

おっと、前置きが長くなった。

で。

今日の本題。

↑ 先のみっちさんの記事の中にあったこちらの記事を読んでみたら。。。

命を繋いだのは風俗嬢!?~うつ病と性の話~

なるほど~。

私が回復したヒントが、ここに!と思いました。

と申しますのも、以前に私もうつ病と診断され、半年以上薬を飲んでいたのです。たしか、抗うつ剤と、睡眠導入剤。10年以上前だったかな~?忘れましたけど。

私の場合は、24時間365日大好きな仕事と過ごし(過ぎ)た為です。食べられなくなって痩せ、眠りにくくなりました。実家に居たので、退職後はとにかく寝て、何にもしませんでした。

そんな状態で、いつだったかなあ、あるとき。ずーっと寝ている私の頭を父が手で覆って、額をつけて、なんか言ってくれたのです。たぶん、ちゃんと食べろよ。とか言うことだったと思います。

寝ていたのでよく判らなかったのですが、本当にびっくりしました。

私の実家は、父母や妹家族も色々話しますし、全てに恵まれていて、ある意味理想の家族なんですが(もちろん!?夫婦喧嘩もします。)父がそんな風に包んでくれるとは。ただただ、父が心配していることと、元気になることを願っていることが手からとても深ーーく深く伝わってきたのです。

心から震え、泣きました。

そんなことがあって、そして、その前か後か覚えていませんが、なんとわたし、お漏らしをしてしまったのです。いやー、あの時はビックリしましたねー!!原因は睡眠導入剤の効き過ぎだと思い、勝手に中止。抗うつ剤も、自分で勝手にやめました。

で、そうこうしてたら、治った。

どれくらい時間がかかったのかも、覚えていませんが、1年の間のことだったと思います。

結局、私のうつ病が治った要因には、あの、「お手当て」がひとつ、大きく有るなあと思うのです。慈愛って、母親のイメージでしたが、父親にも有るんだなと思いました。

で。

“ 命を繋いだのは風俗嬢 ”

これ、すごく判りやすいなーと思いました。

触れるという行為は、本当に人を癒すチカラがあります。年寄り観てても、そう感じましたね。ばあさん達は、優しく触れられることに慣れていない人が多かった。じいさん達は、エロモードで慣れているのだけど、エロ以外のふれあいに、慣れている人は少ない。でも、こちらが触れることを意識すると、生き返ります。ある意味。

人間けっきょく、人との触れ合い・繋がりこれしか残らない。

この点は、過去のブログなんかでも、ずーっと一貫して書いてることの一つなんで、自分としては、もう書くのはしつこすぎるかな?と思うのですが、でも書くワー。

これは、もうほんとに福祉職としての実感としか言いようがない。

 

「触れる」って、人間が意識している以上に、すごくすごく、沢山の情報を伝達しているのです。「キネシオロジー」や、「さとう式リンパケア」、「アクセス・バーズ」などでも、ごく軽く人に触れるだけで、変化があるんだもの。

 

実のところさ・・・特に日本人には、触れる手法などを学ぶ必要は無くて、ただ自然に欲するふれあいをすれば、各家庭に「ヒーラー」が居るってことになるんではないかな?と思っています。

あ。でもやっぱり残念ながら、自分たちには、ふれあいのチカラがあるんだね!ってことを、思い出す過程が、必要な時代であるかもしれません。

みんな元々自分にある力を、忘れてるもんね。

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