〜本来の自分に戻るヒントを御蔵島から〜

久々に御蔵の風

 
  2018/04/15
 
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年寄りと会う、草刈りする、文章書くetc…好きなことだけする生活を実験中。 村のおもしろい師匠たちや厳しい自然から楽しく修行もしています。 積み重ねてきた、『大好きなアタマで考える理屈』はちょっとヨコに置いて。 人間の『感覚、感性、勘!』を一番大事にする、それを体感する為に村に来たんだな〜と感じる日々を過ごしてます。

11月に帰国、帰島した後は出島せず、村に居たいと思っていたのですが。

実際は、帰島してから再び都内へ行ったため、村に居られたのは実質1週間ほど。

その間も変化は目まぐるしく。。次々と起こることは、ブログで記録も間に合わない。

まいいか。

そして先週末、やっと帰島したのですが、週明けて火曜日。

鼻水と熱と頭痛でダウン。3日間ひたすら寝ていました。

寝ていた3日間のうち、特に12月3日からの強風は本当に凄まじく、まさに、「御蔵の冬がやって来た!!」という感じでした。

(そういえば昨年の12月3日、荒れる波と頑張ってくれている桟橋の写真を撮っておりました。ちょうどこの時期から、海は荒れ狂うんだなあ~。)

さて今朝は元気に戻ったので、バイクで朝日を見に行ってきました!

バイク大大好きなので、乗るのはCubという90CCの小さいバイクであっても!

顔がニヤケるっ。

 

きょうの朝日。日が昇るのは6時半頃。夏に比べてかなり遅くなりました。

朝日が昇るさまを見ていて、日の光は遠く離れた、思いもよらないところ。にも、影響を与えていることが体感できるなーと感じました。

これって、なんでもそうで。毎回!繰り返しになりますが、実は全てが繋がっていて、影響し合ってる。

さて、午後は南郷の浜に行ってきました。

南郷とは文字通り、村の南。里では恐ろしいくらいの強風でも、南郷では静かなものです。

南郷の浜へ行くには、非常に急こう配の階段を下りて行きます。今年の夏もガイドさん達と行きましたが、初めて行く人は腰が引けるほど、怖いみたい。

いわば島じゅうがそうですが、落石もたいへん多く、階段は潮の影響で、痛みはどうしても早いです。

実は今まで時々ひとりで、南郷の浜に降りては岩の上で半日過ごしたりしていたのですが。(もちろん、一人で行ってきまーすと某協会へ報告してですが)危ないから決して一人で行ってはだめ!複数で行くならまだいいが、落石で帰ってこれなくなったら、村から皆で捜索しないといけない事態になる。

と、師匠からきつく言われたため、以降一人では行かないようにしていました。

村では自然が厳しい分、昔から人がたくさん亡くなっています。言われて、そうだよなーと反省しました。

 

それでも、浜に降りたいな~。と思いながら、階段の上から浜をしばらく見降ろし、あきらめて戻ろうとした時。

天の助け?!

なんと、これから浜に降りて釣りをする方々が到着!!。ということでちゃっかりご一緒させていただき、今夏以来の南郷に到着です。

 

私、釣りの時は釣果に関心がなく、ただ投げるのが好きです。

今年、人生初の釣りをして判ったことですが。釣りも、瞑想の一種だなーと思いました。

南郷の浜に行って、改めて思い出したこと。自然ととても密着して暮らしていた昔の日本人は、「瞑想」という領域に、ごく自然と入っていけていたのではないかな~?ということ。ヨガとかしないでも、日常生活が瞑想だったって感じ。(ヨガを否定しているのではないですよ。)

 

霊性とか感性、手先の器用さとか、日本人は様々に繊細なものをもっていますがそうしたものは、日本人が元来持っている資質だと実感します。そして、便利さと引き換えに(ヒトが自ら)資質を育むことを手放してる。

 

便利さと言えば。

島とは対極な便利さがあるのが、東京TOKYO~ですが。わたしにとって、育った東京は、本当に魅力が無い。その点を毎回感じ入り、帰島しています。

あ、文化や教育の機会は素晴らしくて恵まれたと思います。その恩恵はたくさん受けています。

でも今は、東京はただ単にいろんなものの「数」が多いなあ~と思うだけ。物質やサービスの数と種類やお金のやりとりは多過ぎるくらい。

んで、それだけなのです。(わたしにはね。)住んでいても、決して、豊かだなあ〜〜♫とは感じない。

 

それは、今まで職業上、会ってきた様々な家庭と家族、年寄りが教えてくれた結果。

ヒトとの繋がりがないと、精神的にも「豊かさ」を感じない。人間、最後に残るのは、人との繋がりです。

ロサンゼルスに行っても、そう感じたな。

昔は階段なんてなかった。この先は、想像できないくらいの絶壁。アスレチック状態。

 

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年寄りと会う、草刈りする、文章書くetc…好きなことだけする生活を実験中。 村のおもしろい師匠たちや厳しい自然から楽しく修行もしています。 積み重ねてきた、『大好きなアタマで考える理屈』はちょっとヨコに置いて。 人間の『感覚、感性、勘!』を一番大事にする、それを体感する為に村に来たんだな〜と感じる日々を過ごしてます。

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